「読むだけの契約説明」は、もう限界だ

不動産業界で最も神経を使う場面の一つ、それが「契約書の説明」だ。
重要事項説明書（重説）や売買契約書、賃貸借契約書——。一件の成約には、少なくとも数十ページの文書が必要である。

それらは、行政が定める書式に沿って作られ、法的正確性が求められる一方で、言葉の壁が顧客との間に静かに立ちはだかる。

たとえば、次のような文言：

「乙は、本契約に基づく本物件の引渡し後、直ちにその使用を開始し、善良なる管理者の注意義務をもってこれを保管しなければならない。」

読み飛ばせば一瞬。しかし顧客は「乙？」「善良なる管理者？」「保管ってなにを？」と混乱する。

営業担当者も本音ではこう思っているかもしれない。

「本当にこの文章を理解してもらえているのか？」

ChatGPTは“不動産法務の翻訳機”になるのか？

ここで登場するのが生成AI＝ChatGPTだ。
その強みは「言葉の再構築力」にある。

ChatGPTは、大量のテキストを学習したモデルに基づいて、「こう言えばわかりやすいだろう」という予測で文章を生成する。まるで経験豊富な講師が“受講者の理解度”を見ながら話すような自然さがある。

実際、上記の文言をChatGPTに以下のように指示してみると——

「この契約文を、不動産に詳しくない30代主婦に向けて、わかりやすく説明してください。」

以下のような回答が返ってくる：

「この契約では、家を受け取ったあと、すぐに使い始めても大丈夫です。ただし、その家を大切に扱ってね、という約束が含まれています。」

誰に向けて説明するかを指定できる。これがChatGPT最大の強みである。

契約書が“インタラクティブ”になるという革命

従来の契約書は「読むもの」だった。だがChatGPTを用いれば、「対話するもの」へと進化させられる。

たとえば：

• 顧客：「この“善良なる管理者の注意義務”って何ですか？」
• ChatGPT：「わかりやすく言えば、“自分のもののように丁寧に扱ってくださいね”という意味です。」

このように、わからない言葉をリアルタイムで、優しく解説するパートナーとしてChatGPTが機能する。

しかも、ChatGPTは「気まずさ」がない。人に質問しにくいことも、気軽に聞ける。
対話型の契約説明ツールとして、これ以上の存在はないと言っても過言ではない。

説明責任×感情知能＝“納得”の可視化

法律文書を理解できるかどうかには、「知識」の問題だけでなく「心理的要因」も絡む。

• 「こんな質問をしたら恥ずかしいかも…」
• 「忙しそうだから、あとで調べよう」
• 「なんとなくわかった気がするし、まあいいか」

ChatGPTの優れている点は、相手の感情を踏まえた応答ができること。たとえば——

「不安に感じられたら、いつでも質問してくださいね。わかりやすくお手伝いします。」

この「共感する風」の文体が、顧客の心理的ハードルを下げる。

結果的に、顧客は“納得して契約する”体験を得ることができる。これは、単なる効率化ではなく、「誠実な商売」に通じる部分だ。

導入は難しい？——答えはNo

ChatGPTの導入は、意外なほどハードルが低い。
以下のような手順で、すぐに業務活用が可能だ。

ステップ1：契約書の構造化

契約書は、段落ごとやセクションごとに区切ってテキスト形式にしておくと、AIが理解しやすくなる。

ステップ2：利用目的に応じたプロンプト設計

ChatGPTへの指示（プロンプト）は工夫次第で精度が変わる。

例：「以下の契約文を、法律に詳しくない若年層向けに、5歳児にもわかるくらいに簡単にしてください。」

また、「同じ意味を、3パターンで説明して」などと頼むと、顧客の性格に合わせた最適な表現を選ぶこともできる。

ステップ3：社内利用にも展開可能

説明書を「要約→質問生成→回答」まで流れ作業にすれば、ChatGPTは社内教育ツールとしても使える。
新人スタッフが契約書を学ぶ際の補助教材や、業務マニュアルの作成にも最適だ。

AIが契約リスクを“見える化”する未来

もう一つ重要な視点は、「説明したつもり」が通用しない時代になりつつあるということ。

契約におけるトラブルの多くは、「聞いていない」「理解していなかった」という認識の齟齬から生まれる。

ChatGPTを使えば、やり取りをログ（記録）として保存することができる。
これは、将来的に「説明責任を果たした証拠」として利用可能になるかもしれない。

• 顧客がどの項目で躓きやすいかの傾向分析
• 説明文のABテストによる改善
• 法改正に即した自動修正の通知生成

こうした活用は、単なる「契約説明の効率化」ではなく、契約リスクの“戦略的回避”につながる。

ChatGPT活用は“業者の個性”を浮き彫りにする

ChatGPTを活用する中で、業者ごとの伝え方のクセや顧客層との相性も見えてくる。

たとえば、物件紹介で「安全性」を重視する顧客には、契約条項の中で「耐震性」や「保証内容」に重点を置いて説明するプロンプトが有効。

逆に、「価格重視」の顧客には、支払いスケジュールや違約金などの条件説明に力を入れる——といったパーソナライズされた契約説明が可能になる。

つまりChatGPTは、業者自身も知らなかった“伝える力の癖”を浮き彫りにする鏡でもある。

最後に：AIとともに、“誠実さ”を拡張するという視点

AIは万能ではないし、営業の全てを代行するわけでもない。

しかし、ChatGPTは「伝えるべきことを、伝わる形で届ける」ための補助線として、極めて優れている。

契約書とは、ある意味で不安を最小化する道具である。
その説明を、より誠実に、より丁寧に、そしてより顧客本位にするためにAIを活用するという発想は、むしろ“人間的”ですらある。

不動産業者が「誠実さ」と「効率性」の両立を模索する時、ChatGPTという道具が、その中心にある風景は、もはや遠い未来の話ではない。