保険代理店がChatGPTで提案書の作成時間を半分に “文章生成AI”が変える、顧客との信頼構築プロセス

第1章:保険代理店の「提案書地獄」

保険代理店という仕事は、表面的には「商品を売る仕事」と思われがちだ。しかし、実際の業務の大半を占めるのは、「売るための準備」である。特に時間と手間がかかるのが「提案書の作成」だ。

法人向け・個人向けを問わず、保険商品の提案には比較資料、リスクシナリオ、収支シミュレーション、保障内容の一覧、既契約との比較、顧客ニーズへの適合性など、多くの情報を網羅した「資料づくり」が必要となる。

それはまるで、“保険という目に見えない商品”に説得力を持たせるためのストーリーテリングであり、営業職であると同時にプレゼン資料作成職でもあるのが実態だ。

ある現役の保険営業マンはこうこぼす。

「商談1件ごとに、提案書の作成に最低でも1~2時間はかかる。週に10件の提案があれば、10時間以上は“非対面の書類作成”に費やしている。しかも、急な商品の切り替えや条件変更があると、最初から作り直しになることもある」

この“提案書地獄”に対して、最近、ある救世主が登場した。

そう──ChatGPTである。

第2章:保険業界が抱える「言葉の重さ」

保険商品というものは、極めて「言葉」に依存している。

同じ内容であっても、「入院費が1日5000円支給されます」と伝えるか、「1回の入院で平均7日間なら、最大3万5000円支給されます」と伝えるかで、顧客の受け止め方はまるで違う。

つまり、保険営業とは“言葉を操る仕事”でもある。

提案書においても、「どんな表現で商品を魅力的に伝えるか」「どこに不安を払拭する言葉を配置するか」は、保険の成約率に直結する。そしてその表現力こそが、営業の“腕前”とされてきた。

だが、ここにChatGPTのような自然言語生成AI(※1)が入ってきたとき、状況は変わる。

※1:自然言語生成AIとは、人間の言語(自然言語)を理解し、文章を自動で生成する人工知能。ChatGPTはその代表的な一例で、OpenAIが開発。

ChatGPTは、「この顧客に提案する生命保険の特徴を、相手が安心できる言葉で説明して」と指示すれば、瞬時に数パターンの説得力ある文章を提示してくれる。しかも、「やや砕けた語り口で」などのニュアンスも加えられる。

人が時間をかけて“悩んでいた部分”が、わずか数十秒で“選択肢”として出てくる。保険営業にとって、これは革命的な変化だ。

第3章:実際、どこまで使えるのか?──ChatGPT導入実験レポート

ここでは、とある独立系保険代理店(仮名:K社)が試験導入したChatGPT活用法を紹介する。

導入の目的:

  • 提案書作成の「文章パート」を時短
  • 同じ内容を複数表現するための“引き出し”増加
  • 顧客の属性(年代、職業、ライフスタイル)に応じた言葉のカスタマイズ

実施内容:

  • 各保険商品の要点(保険料、保障内容、特徴)をプロンプト(※2)としてChatGPTに入力
  • 出力された文章から、営業スタッフが選定・修正して提案書に組み込む
  • 「AIで作成した文章」かどうかは顧客には非公開

※2:プロンプトとは、AIに入力する「指示文」のこと。

結果:

  • 提案書1通あたりの作成時間が平均45分 → 20分に短縮
  • 複数案提示が容易になり、顧客からの納得感が増加
  • 新人営業でも“伝え方の参考例”を得られ、教育コストが間接的に低減

K社では、1ヶ月の運用で約35時間分の業務削減が実現したという。

第4章:AIで“提案の質”は落ちないのか?

当然ながら、ChatGPTの導入に対しては「本当にそんなAIの文章で、顧客が納得するのか?」という懸念もある。

これに対し、K社の営業リーダーはこう答える。

「質を落とすどころか、むしろ向上していると感じます。というのも、ChatGPTが作る文章には“主観がない”んです。自分のクセや押し付けが消えて、ニュートラルに提案できる。むしろお客様の反応が良くなった場面もあります」

実はこれは、ChatGPTの大きな利点でもある。

AIは、営業の経験や思い込みに左右されない。あくまで論理的に、要点を整理して文章を構築する。人間の「慣れによる惰性」や「強調すべきでないポイントの押し売り」を排除できるのだ。

もちろん、最終的な提案は人間が行う必要がある。しかし、その“骨格”を作るところまでAIに任せれば、営業担当者は「より重要な対話」に時間を使えるようになる。

第5章:「提案書=AIが下書き、人が仕上げる」時代へ

ChatGPTによる提案書作成は、「完全自動化」ではない。

むしろ、「AIが下書き、人が仕上げる」というワークフローの方が圧倒的に有効だ。

たとえば、以下のようなプロセスが今後の標準モデルになるかもしれない:

  1. 保険商品の特徴や顧客ニーズをプロンプトとしてChatGPTに入力
  2. AIが文章構成・提案文・比較表コメントなどを生成
  3. 営業担当者が、顧客の性格や事情に合わせて部分修正
  4. 仕上がった文書をPDF化し、印刷またはデジタル送付

これは「営業の質を保ちつつ、時間だけ削減する」という理想的なモデルだ。

しかも、慣れてくればテンプレート化も可能。新商品ごとにベースを用意しておき、ChatGPTに条件だけ差し替えさせれば、日々の業務負担はさらに軽減されていくだろう。

第6章:今後の課題と可能性

もちろん課題もある。

  • 保険業法やガイドラインへの準拠:AIが出力する表現が誤認リスクや誇大表現にならないか
  • 個人情報との連携:ChatGPTはクラウドベースのAIであるため、顧客データとの扱いには慎重さが求められる
  • 社内教育との整合:ChatGPTに頼りすぎると、新人営業が“自力で考える力”を育てづらくなる

これらの問題に対しては、「人間が必ずレビューする」というルール化や、「業界ルールに沿ったプロンプト例集」の整備などが今後の鍵となる。

とはいえ、ChatGPTのようなAIがもたらす提案業務の“脱属人化”は、業界にとって不可避の未来である。

終章:ChatGPTがもたらす「顧客時間の再分配」

結局のところ、保険代理店が提案書作成にChatGPTを使う最大の意義は、「営業担当者の時間を、書類作成から顧客対応へシフトさせる」ことにある。

これまで「書類の山」に時間を取られていた営業が、実際には顧客との会話や課題ヒアリングにもっと時間を使えるようになる。その結果、「単なる保険提案」から「ライフプラン相談」へと、営業の価値そのものも変化していくのだ。

提案書の品質を保ち、作成時間を半減し、顧客満足度まで上げる──。

ChatGPTは、保険営業を“ただの営業職”から“顧客の人生伴走者”へと変える、見えない相棒になろうとしている。